เข้าสู่ระบบ人間王国から正式な書簡が届いたと聞いたとき、ミオは最初、自分宛てのものだとは思わなかった。
地下遺跡の調査が始まってから、人間王国との間では古文書の照会が何度か行われている。とはいえ、それらはザラの研究院と向こうの王立文書院との実務的なやり取りであり、ミオが直接返事をするような内容ではなかった。
だからアルクから「ミオ殿にも同席していただきたい」と連絡が来たとき、胸のどこかで少し嫌な予感がした。
嫌な予感というより、昔の名前に触れる前の、身体が勝手に身構えるような感覚に近かった。
午後、王城の小会議室へ入ると、すでにカエルとザラ、アルクが席についていた。卓上には封蝋を切ったばかりの書簡が置かれ、その隣には人間王国の王家紋章が押された薄い確認書と、文書院の印が入った写しが数枚並んでいる。
ミオは席へ着きながら、まずアルクに尋ねた。
「人間王国からということ
第121話 恋人ではない私たちは、翌朝だけ妙によそよそしくなりました二度目のキスをした翌朝、ミオは目を覚ました瞬間から、自分でも呆れるほど意識していた。昨日の夜は、あれでよかったと思っている。カエルに求められたから断れなかったわけでも、契約上の夫婦だから応じるべきだと思ったわけでもない。自分から「今日はキスしたい」と言い、自分から彼との距離を縮めたのだ。だから、後悔はない。ないのだが、それと翌朝に恥ずかしくならないことは、まったく別の話だった。顔を洗っている最中に昨日のことを思い出し、朝の着替えをしている途中にも思い出し、鏡を見れば唇に目がいってしまう。もちろん見た目には何も変わっていないのだが、その「何も変わっていない」という事実すら妙に恥ずかしかった。「昨日は昨日、今日は今日……」自分に言い聞かせてみる。以前、カエルと二人で決めた言葉だ。キスを一度したからといって、次の日から何かを義務にしない。昨日近づいたから、今日はさらに近づかなければならないわけでもない。好きだと言えないままなら、それを急がなくていい。全部、自分で納得している。それなのに、朝食でカエルと顔を合わせると思うと、なぜか少し逃げたくなる。「何歳なんだろう、私……」二十四歳である。異世界へ来て三年も経った。追放もされた。王族や精霊や獣人たちと交渉した。未知の地下遺跡へまで入った。それなのに、好きになりかけている男と二度目のキスをした翌朝くらいで、食堂へ行くのをためらっている。人間というのは、経験を積めば何でも堂々とできるようになるわけではないらしい。少なくとも、自分はそうだった。結局、いつもより五分ほど遅れて食堂へ向かった。別にカエルを避けるためではない。
第120話 私たちはまだ恋人ではないのに、二度目のキスをしましたリリアへ返事を出した翌日、ミオは久しぶりに、夕食後の時間を何の予定も入れずに過ごしていた。地下遺跡の正面扉については、ザラが「しばらく開けない」と決めたことで調査が一段落している。人間王国側の閉鎖書庫も、リリアが立ち入り許可を待っている段階なので、こちらから急かしたところで何かが早く進むわけではない。『ミオの食卓』も明日は定休日で、エナたちから「今夜くらい店の帳簿を見ないでください」と半ば追い出されるように帰ってきた。何も急いで決めなくていい夜だった。それなのに、ミオは自室のソファに座ったまま、さっきから同じ頁を三度も読み返していた。「全然、頭に入ってこない……」膝の上には、先日の古本屋で買った旅の絵本が開かれている。空中都市の古い挿絵が載った頁で、普段ならかなり興味を惹かれるはずだったが、今日はどうにも内容へ集中できなかった。理由は、分かっている。カエルとのことだ。初めてキスをした日から、もう何日も経っている。あの日以来、二人は手をつないだ。抱きしめてもらったこともある。日本を思い出して心細くなった夜には、自分から「夫として来て」と頼んだ。けれど、二度目のキスはしていない。しなかったからといって、何か問題があるわけではない。むしろ二人で「昨日は昨日、今日は今日」と決めたのだから、最初のキスが次のキスを要求する理由にならないことは分かっている。それでも最近、カエルと近くで話していると、ふと思うことがあった。もう一度したい。そう思ってしまう。それが自分でも少し恥ずかしい。「別に、したいならしたいでいいじゃない」誰もいない部屋で、自分に言ってみる。ところが、その途端に別の自分が反論する。恋人で
第119話 リリアの手紙には、「あなたに謝るためではなく、調べるために書きます」とありました『今回は、あなたに謝るためではなく、調べるために書きます。』その一文を読んだところで、ミオは便箋から目を上げた。窓の外では夕暮れが始まり、王都の屋根が淡い橙色に染まりつつある。机の上には、人間王国から届けられた白い封筒と、昼間の会議で受け取った正式報告書が置かれていたが、今読んでいるのは外交文書でも研究資料でもなく、リリアという一人の人間から自分へ宛てられた私信だった。以前の手紙とは、最初から空気が違っていた。リリアはこれまで、何度も自分の立場や後悔について書いてきた。ミオが追放されたあとになって疑問を持ったこと、知らなかったでは済まされないと思っていること、アドリアンや神殿の言葉をそのまま信じていた自分をどう扱えばいいのか分からないこと。そこにはいつも、「許されたいのではない」と書きながら、それでもどこかに許しを求めているような痛々しさがあった。今回は、それがない。少なくとも最初の一文には。ミオは少しだけ息を吐き、続きを読む。『旧中央神殿の祭具庫を調べている途中で、閉鎖書庫へ移された文書の台帳を見つけました。すでに王立文書院から正式な報告が届いていると思うので、重なる部分は短くします。台帳には、「灰門儀式参考文書」と整理された一群があり、その中に「門前にて名を外し、内に争いを持ち込まぬこと」という要約が残っていました。ただし、これは原文ではありません。七十二年前に目録を作った神官の要約です。その神官が正しく読んだのか、そもそも元の文書に灰門という語があったのか、今は確認できません。』そこまで読んで、ミオは思わず小さく頷いた。昼間、アルクたちから聞いた説明とほとんど同じだった。けれど、次の部分は正式報告にはなかった。『もう一つ、同じ台帳の余白に別人の筆跡で短い書き込みがあります。「名を持つ者は門の外で争う」
第118話 人間王国から届いた手紙には、リリアの名前がありました人間王国から正式な書簡が届いたと聞いたとき、ミオは最初、自分宛てのものだとは思わなかった。地下遺跡の調査が始まってから、人間王国との間では古文書の照会が何度か行われている。とはいえ、それらはザラの研究院と向こうの王立文書院との実務的なやり取りであり、ミオが直接返事をするような内容ではなかった。だからアルクから「ミオ殿にも同席していただきたい」と連絡が来たとき、胸のどこかで少し嫌な予感がした。嫌な予感というより、昔の名前に触れる前の、身体が勝手に身構えるような感覚に近かった。午後、王城の小会議室へ入ると、すでにカエルとザラ、アルクが席についていた。卓上には封蝋を切ったばかりの書簡が置かれ、その隣には人間王国の王家紋章が押された薄い確認書と、文書院の印が入った写しが数枚並んでいる。ミオは席へ着きながら、まずアルクに尋ねた。「人間王国からということですけど、外交の話ですか?」「半分はそうですが、内容の中心は地下遺跡の碑文に関する照会への回答です」「なら、ザラの担当では?」「本来はそうです。ただ、添付された報告書に、ミオ殿と関係の深い人物の名前があります」その言い方で、すぐに察した。アドリアンか。リリアか。あるいは、その両方。ミオはわずかに息を整えてから、「読んでください」と答えた。アルクは頷き、一枚目の書類を持ち上げる。「まず正式な回答部分から。人間王国側は、我々が送った『この先へ名を持ち込むな』という暫定訳に近い表現が、旧神殿資料の一部に存在する可能性を認めています。ただし、現物はまだ確認されておらず、二次目録の記述に基づく報告です」ザラがすぐ眉を寄せた。「二次目録ってことは、誰かが昔読んで、その要約だけ残した?」「はい
第117話 地下遺跡の扉の前で、ザラが「これは開けないほうが面白い」と言いました地下遺跡の正面扉をもう一度調べることになったのは、ミオがカエルに「今日は夫として来て」と頼んだ夜から三日後のことだった。その間、ザラの研究班は石扉の周囲に残っていた古い魔力回路を、直接触れずに外側から測定し続けていた。以前の調査では、扉そのものから強い魔力反応は検出されず、ミオたちの名前や称号、所属を示す印にも何の反応も示さなかったため、単純な認証式の扉ではない可能性が高いと考えられていた。ところが、追加測定によって別の問題が浮かび上がった。「先に言っておくけど、今日は扉を開けない」地下へ向かう前の打ち合わせで、ザラがそう断言した瞬間、会議室にいた全員が彼女を見た。ミオも例外ではない。「何よ、その顔」ザラが不機嫌そうに眉を寄せる。「いや、ザラから最初にその言葉が出るとは思ってなくて」「私を何だと思ってるの」「開けられそうな扉を見つけると、とりあえず開けたがる人」「かなり失礼ね」向かいに座っていたアルクが書類から目を上げる。「先月だけでも二回止めましたね」「アルクまで裏切る?」「事実確認です」フィアも少しだけ笑いを堪えている。カエルは真顔のままザラを見ていた。「本当に開けない?」「開けないって言ってるでしょう」「途中で気が変わらない?」「変わらない。少なくとも今日の測定結果を見ている限りは」そこまで言われて、ようやくミオも冗談をやめた。ザラが机の中央へ新しい図面を広げる。正面石扉と、その左右の壁面を断面で描いたものだった。赤い線が何本も走っているが、そのほとんどは扉の表面ではなく、壁の
第116話 私は、カエルに「今日は夫として来て」と言いましたその日の夕方、ミオは『ミオの食卓』の営業を終えたあと、いつもより少し遅く王城へ戻った。店では特に大きな問題は起きなかった。新しく始めた「香草豆と根菜のさっぱり和え」も、酸味を二段階に分けるようにしてから評判が安定し、注文札の色分けも思った以上にうまく機能している。エナたちはもう、細かな改善ならミオへ一つずつ確認しなくても、自分たちで話し合って試せるようになっていた。だから、今日のミオには本来、疲れ切るほどの理由などなかった。それなのに、王城へ戻る馬車の中で、どうにも気持ちが落ち着かなかった。原因は分かっている。昼過ぎ、店へ一通の荷物が届いた。商人組合を経由して届けられた、小さな木箱だった。宛名はミオ個人。差出人は、人間王国でもヴァルディアでもない。港町を巡る交易商の名前が書かれていたが、中に入っていたものを見た瞬間、ミオはそんな名前などほとんど目に入らなくなった。薄い青色の布。小さな硝子瓶。そして。花の香りがする石鹸。どれも、この世界では珍しくない。ただ、その石鹸の香りが。日本にいた頃、母がよく買っていたものと、驚くほど似ていた。まったく同じではない。成分も違う。色も少し違う。でも、最初に箱を開けた瞬間だけ。家の洗面所が。頭の中に。そのまま。戻ってきた。母。台所。夕方のテレビ。買い物袋。自分の部屋。玄関に置きっぱなしの靴。どうでもいい日常







